最終時評―2013年の環境政策のみどころ
2013・冬(その4)
(「戦後史の正体」を読む)
Aさん―ところで、安部内閣は今後どうなるのでしょう。

H教授
―与党は参院では半数をとっていない。だから夏の参院選が終わるまでは、憲法改正などは封印するだろう。外交・防衛では防衛費を増額するなど衣の下の鎧をおっかなびっくりちらつかせるだけで、あまり強引なことはやらず、低姿勢でやりすごそうとするんじゃないか。
対米従属は野田サン以上になるが、対中韓にしても米国の顔色を見れば、野田サンのやっていたことを踏襲するだけに終わるんじゃないかな。
辺野古はアセス手続きを終了したが(→2012冬その1)、そのあと沖縄県民の意志を踏みにじってまで、強権的に埋め立てに進むことができるだろうか。
もし低姿勢に徹すれば、国民の一部にムード的に出てきて、しかも選挙ではそれに迎合してきた、排外的愛国主義の側からは失望の声があがるだろう。かといって、防衛費の増額などはリベラルな側からも反発を受けるだろう。
或いはTPPにしても、いつまで先送りでごまかすことができるか。
ムード的な安部礼讃が今のところ続いているが、1年後にはどうなっていることかねえ。
Aさん―一方の民主党ですが、なぜあんなにボロボロになったんですか。
H教授
―せっかく手に入れた権力を、民主党がお粗末にしか取り扱えなかったからだ。
鳩山サンは「コンクリートから人を」と言ったけど、民主党はそれを支えるのでなく、なかから異論が続出して、結局泡瀬干潟(→71講その2)だって八ツ場ダム(→2012冬その1)だって止められなかった。
鳩山サンは「普天間は最低でも県外移設」だと言っていたのに、外務大臣も防衛大臣もそっぽを向いてしまい、誰も支えようとはしなかった。(→21講その1、91講その1)
Aさん―そうだったですね。そして菅サンになって3/11が勃発。
H教授
―菅サンはいろいろ問題もあったが、少なくとも、菅サンでなければ、フクシマはもっと悲惨なものになった可能性が大きい、ましてや自民党政権だったら、東日本は壊滅した可能性だってないわけではない。(→2012冬その3)
でも菅サンが脱原発と言いだしてからは、菅バッシングがひどくなり、民主党内でも菅下ろしが始まった。
Aさん―でも野田サンも脱原発って言ってましたよ。
H教授
―野田サンは夏前までは原発維持、2030年15%という縮原発路線だったし、強引に大飯再稼働に持ち込んだりもした。(→2012夏その1)
世論調査等で余りにも原発への抵抗が強かったんで、とりあえず路線変更したにすぎない。それだってどこまで本気だったんやら。
もっとも口先だけでも脱原発の方向を言ったころから、野田サンへの風当たりも強くなった。米国に追随してきた野田サンだけど、その米国も袖にしはじめた。
米国にしても日本が脱原発されると困るからね。核戦略上からもそうだし、日本の原発は米国の特許の塊のようなものだからな。
キミ、孫崎亨と言う元外務省の国際情報局長が書いた「戦後史の正体」って本を読んだか?

Aさん―は? なんですか、いきなり。なんか関係あるんですか。
H教授
―おおありだよ。マスコミは無視しているが、隠れたベストセラーになっている。
かれは戦後史を対米従属派と自主独立派の政治家のせめぎあいとして見ている。
で、外務省、防衛省、検察庁とマスコミの要所要所には、米国の息のかかった連中が配備され、自主独立派の力が強くなると、それをセーブする方向に動き出すんだそうだ。
Aさん―それってもろ陰謀史観じゃないですか。
H教授
―うん、普通だったらそう思うところだけど、著者の経歴が経歴だけに気にかかる。それにそういう目でみると、ふうんと思えるところが多々ある。
普天間の問題では鳩山バッシングで対米従属の菅サンに政権が移るし、自主独立派の小沢サンも検察のフレームアップと呼応してマスコミがバッシングし、短命だった「未来」にも冷淡だった。
そして菅サンが米国の気に入らない脱原発に舵をとろうとすると、猛烈な菅下ろしがはじまったじゃないか。
Aさん―うーん、なるほど…。また環境ネタに戻りましょう。
センセイ、これでこの時評は一旦閉じるんですよね。今年注目しておくニュースはないですか。
(環境政策ア・ラカルト−その1 水俣条約)
H教授 ―水銀条約制定の交渉が、ようやくまとまったようだ。今年の10月には熊本で開かれる会議で、正式に採択される予定だ。条約名も日本政府の提案通り、「水銀に関する水俣条約」と決まった。
Aさん―どんな内容なんですか。
H教授
―水銀とその環境問題の基礎的なことに関しては97講その4で概説したから、それを参考にしてほしい。
今回の条約のポイントとしては、今まで水銀を用いた16品目の製造を2020年に禁止すること、水銀の輸出入を用途を厳しく限定したものにすること。新設の石炭火力では大気への排出を削減する最良の設備の義務付け、水銀を含む廃棄物の適切な管理と処分、金の採掘時での水銀使用を廃絶する国家計画の作成、水銀鉱山の新規開発禁止、既存鉱山の条約発効15年後に廃止等だね。
金採掘での水銀使用はすぐには禁止しないし、金採掘のための水銀の輸入も制限付きで認めれることになった。
Aさん―どうしてですか。
H教授
―ぼくはJICAの中南米鉱工業排水研修の運営委員もやっていて、そのあたりの話を随分聞いたんだけど、それで生計を立てている貧しい人々がかなりいるからだ。国家計画の作成にきちんと向き合うかどうかに着目しておく必要があるだろう。
日本でもリサイクルした水銀は大半輸出していたんだが、輸出が厳しく制限されることになると、その水銀の処分をどうするか真剣に考えなきゃいけなくなる。
(ア・ラカルトーその2 琉球奄美の世界自然遺産暫定リストに追加)
H教授 ―あと、世界自然遺産登録(→10講その2、27講その1)を目指して奄美・琉球を「暫定リスト」に追加することが、世界遺産条約関係省庁連絡会議で決まった。
Aさん―屋久島、白神山地、知床(27講その1)、小笠原につづくものですね。小笠原は(81講その3)で途中経過に触れましたが、2011年6月に正式に登録されました。この奄美・琉球で最後なのですか。
H教授
―自然遺産は結構ハードルが高くて、あとは無理だろうということになっている。奄美・琉球だってまだまだハードルはある。まずは地域を特定させなきゃいけないし、やんばる地域の国立公園化だとか奄美群島国定公園の国立公園化だとかの課題もある。
これで各省協議や地元との調整がすんなりいくと言うものではないが、環境省だけでなく政府が自然遺産登録を目指すと言うことをオープンにしたことは一歩前進だと思うよ。
Aさん―赤土流出、辺野古沖埋め立て問題、泡瀬干潟埋め立て等へ問題が波及することはないんですか。
H教授 ―うーん、登録予定地域の地先海面の赤土流出やサンゴ礁保全などは注文が付くかもしれないが、辺野古や泡瀬は期待薄だろうな。
(環境政策ア・ラカルトーその3 北京、重度の大気汚染)

Aさん―そうそう、北京がものすごいpm2.5の大気汚染に襲われていて、健康被害も随分出ているようです。
H教授
―不思議なのはpm2.5ばかりが取り上げられているけど、SPMや降下ばいじんもすごい高濃度だろうと思うし、SO2やNO2もそうだと思うよ。
pm2.5はディーゼル排ガスなどに多い2.5ミクロンくらいの超微細の粒子状物質で、発がん物質が含まれるといって問題にされた。
日本ではようやく数年前に環境基準が制定されたばかりで、呼吸器系疾患などだったら、SPMや降下ばいじんのほうが寄与が大きいんじゃないかと思うけど、なぜかpm2.5ばかりが取り上げられている(→10講その1、49講その1、81講その3)。
Aさん―マスクで防げないからだと新聞で言ってましたけど。
H教授
―だったらSO2やNO2のようなガスはどうなるんだ。
ま、それはともかくとして、北京だけの話じゃないと思うよ。
Aさん―原因はなんなんですか。
H教授
―経済優先で、公害対策を後回しにしているからだ。
具体的には工場排ガスとクルマ排ガス、そして石炭暖房の三つと言われている。
Aさん―なぜ冬のこの時期なんですか。
H教授 ―多分、放射冷却で逆転層ができて、高濃度の汚染物質が閉じ込められるんだろう。ダストドームってやつじゃあないかな。
Aさん―放射冷却、逆転層、ダストドーム? もうちょっと分かりやすく説明して下さい!
H教授
―冬には放射冷却って現象があって、日中の太陽からの熱は、夜間に上方に放射される。雲があると、そこからまた反射されて地表近くの空気を暖めるんだけど、雲がない場合は、地表近くの空気が冷やされたままだ。
通常は上空に行けば行くほど温度は冷たくなるから、地球近くの暖かい空気との間で対流が起きるんだが、放射冷却で地表近くの空気のほうが上方の空より冷たくなってしまう層ができてしまう。これが逆転層で、ここではもはや対流しない。
無風だったりすると、汚染物質を大量に含んだ空気が地表付近でそのまま停滞してしまう。これがダストドームだ。
北京は盆地みたいだから、こういう現象が起きやすいんだろうな。
Aさん―日本へも影響はあるんでしょう?
H教授 ―ダストドームが壊れ、それまで閉じ込められていた汚染した空気塊が、偏西風に乗って流されてくると当然影響はでてくる。ただ濃度は薄まり、10分の1以下くらいにはなるらしい。
Aさん―どうすればいいんですか。
H教授
―もっとも影響を受けるのは北京市民だ。
健康あっての経済成長だと怒りを政府や工場に向けなきゃあいけない。
日本の公害政策が一気に進んだのも、60年代の市民の怒りの爆発だったんだから。
Aさん―一党独裁の社会主義国家だから難しいんじゃないですか。

H教授
―中国にしても北朝鮮にしても、あんなものは社会主義を僭称しているだけで、本来の社会主義とは縁もゆかりもないものだということも知っておいたほうがいい。(1)
それに中国も情報化社会になって、労働争議や市民運動はもう抑えきれないよ。
だからこそ、権力層は反日へそのエネルギーを逸らせようとしているんだ。尖閣諸島問題もそういう面が多分にあると思うよ。
Aさん―なあるほど。
確かこういうのを越境汚染と言うんですよね。
H教授
―うん、中国に関しては昔から酸性雨や光化学オキシダントの日本への越境汚染が言われていた(→53講その3)。
ま、3・11で日本からのがれきが米国やカナダ沿岸に流れ着いたし、放射性物質を海に放出させたから、日本も越境汚染の張本人でもあるんだけど。
Aさん―あ、そうだったですねえ。