第98講 ジャスミン革命のもたらすものー付:調査捕鯨の行方
第98講 (その1)
(ジャスミン革命はどこまで広がる?)
Aさん―センセイ、チュニジア、エジプトに次いで、リビアが大変なことになっていますね。ジャスミン革命はどこまで広がるんでしょうねえ。

H教授―うん、じゃ、まずリビアの話をしておこう。
1969年、当時大尉だったカダフィがクーデターを起こし国王を放逐した。以降、直接民主主義を標榜し、全国人民会議が国を統治するとしている。
憲法もなければ選挙もなく政党も存在せず、カダフィ自身は大佐と自らを称するが、公職につかないまま独裁体制を敷くというきわめて特異な国家体制をとってきた。
Aさん―リビアって大国と言うほどでもないのに、存在感は昔からありましたね。
H教授―カダフィは米国に激しく噛みつき、狂犬と呼ばれたが、一部からは喝采を浴びた。
近年は国際的にはだいぶ穏和になり、米国とも国交を結ぶようになったが、独裁体制は変わらないままだった。隣国のチュニジアでジャスミン革命がはじまったころでも、日本の銀行のレポートでは統治に揺るぎはないとされていた。
だが、2月に入ってカダフィ体制打倒のデモがはじまり、あっという間に燃え盛った。
リビアは100余りの部族からなっているんだけど、カダフィ大佐の出身部族以外の軍もさっさと離反してしまった。カダフィ大佐の頼りはいまや出身部族を主力とした治安部隊と傭兵だけになってしまい、首都トリポリだけを辛うじて支配している。

Aさん―今後どうなるんでしょうねえ。
H教授―これからどれだけの血が流されるかを思うと暗澹とするけど、あと何日か、遅くとも98講がアップされる頃にはおそらくチャウシェスク型の終焉を迎えているだろう。
Aさん―チャウシェスク型って?
H教授―チャウシェスクはルーマニアの大統領で、当時東側陣営の一員だったものの、ソ連とは距離を置き、国際的には知られた存在だったが、国内では長期間の独裁体制を敷いていた。
80年代の末期、東側諸国がつぎつぎと民主化運動で体制崩壊を起こしていく中、ルーマニアも市民の反乱の前に政権は崩壊した。1989年暮れのことだ。
チャウシェスク夫妻は捕えられ、軍事裁判で即刻銃殺刑に処された。処刑場面がお茶の間のTVに届けられ、おおきな衝撃を与えた。ベルリンの壁崩壊からソ連崩壊に至る東側自壊の一駒だ。
チャウシェスクはリビアに逃亡しようとしていたらしく、それも因果を感じさせられるねえ。
Aさん―カダフィ大佐は反乱する市民をアルカイダだと喚いていましたね。
H教授―ブッシュ時代、米国はリビアをテロ支援国家だとしていた。アルカイダの黒幕はカダフィだなんて言ってたけど、少なくともそれがトンデモであることだけは証明できた格好だ。
Aさん―エジプトは親米だったけど、リビアは反米。親米か反米かは関係なさそうですね。
H教授―うん、要は腐敗独裁政権への怒りが沸騰点を超えたということだろう。次はどこか、バーレーン、イエメン、ヨルダンはともかく、サウジアラビアやイランで政権がひっくり返ることになれば、世界の情勢はがらっと変わる。

Aさん―ましてや中国や北朝鮮まで波及すれば、日本への影響も計り知れないですね。
H教授―68年の「パリの5月」などの、70年前後世界各国で繰り広げられたベトナム反戦を契機にした一連の青年の反乱は、仇花で終わったエピソードだった。
だが、今回の一連の市民反乱の連鎖はもっと本質的で、90年前後のベルリンの壁崩壊やソ連崩壊に匹敵する、いや、それ以上のものかもしれないという予感がなんとなくする。
Aさん―センセイの予感はたいがい外れますけどね。(笑)
でもケータイとインターネットが世界を変えたと言ってもよさそうです。そういう意味ではケータイ、インターネット万歳じゃないですか。
小沢サンもマスコミを見限ってネット世論に賭けだしたようですし、センセイが目の敵にしていた記者クラブ制度(→81講その1)ももはや風前の灯です。
H教授―はは、そう簡単にはいかないだろう。それに軽々なケータイ、ネット賞賛はやめたほうがいい。所詮はツールにしか過ぎない。
2ちゃんなんて見ていると、ヒドイと思うこともあるし、それは今回の大学入試でのケータイ・ネットの悪用を見てもわかるだろう。
ボク自身は断固として反乱した市民を支持するけど、かれらの前途は多難だと思うし、いままで以上の苦難に満ちた時代の始まりかもしれないとすら思うよ。
Aさん―そうですねえ。家を壊すのは、ある意味誰にでも出来ますけど、家を建てるのはプロがいなければ難しいでしょうからねえ。
H教授―問題はケータイ、ネットをツールとして、人々を立ち上がらせた原因はなにかということだ。
Aさん―そりゃあ、独裁や腐敗に対する怒りでしょう。
H教授―でもそれは昔からあったことだろう?
秘密警察の監視や厳しい弾圧の前でみなあきらめてた。それが何故今爆発したかということを考えるべきだ。
Aさん―うーん、センセイのお考えは?

H教授―2008年リーマンショックで失業が一気に増えた。そして昨年は穀物が世界的に不作で、価格が高騰した。
日本は、なんだかんだいっても、エンゲル係数は小さいから、それほどのダメージではなかったかも知れないが、貧しい人々にとっては死活問題だ。それが引き金じゃないかな。
Aさん―へえ、そんな食料品の価格が高騰してたんですか。
H教授―なにを言っているんだ。自炊していればわかるはずだぞ。小麦、トウモロコシ、砂糖、食料油はこの1月、最高値を更新した。スーパーの小売値に注目しておくんだな。
Aさん―へえ、センセイ、スーパーに行かれるんですか。
H教授―…う、うるさい。新聞情報だ。
Aさん―不作の原因は何なんですか。
H教授―ロシアの熱波、ブラジルの乾燥、オーストラリアの旱魃と洪水。
つまり世界的な異常気象だ。異常気象の直接的な原因は過去最大のラ・ニーニャ現象だとされている。ラ・ニーニャは太平洋東部から中部の赤道付近の海面水温が低くなる現象で、エル・ニーニョはその逆。
ラ・ニーニャとエル・ニーニョは何年かのスパンでかわりばんこに起るんだけど、温暖化がその影響を加速したという見方もあるらしい。
そうなると地球温暖化が原因の一部かも知れないということだ。
Aさん―ちょっと強引で、「風が吹けば桶屋が儲かる」と聞こえるかもしれませんよ。
で、この中東世界での問題は今後の環境問題とはどう関係するんですか?
戦争が起きるかもしれない、戦争は最大の環境破壊だなんてお答えはやめてくださいね。